深夜、誰もかもが眠ってしまった実家でくるりの窓を聴く。残りは全部飲み干していいよと兄が寝る前に言い残した麦焼酎をお湯で割る。高台に建つ家は窓を開けると外にいるのと変わらないほどに寒いから上着を羽織り、さっき差し出された今日までが消費期限の鳥刺しを少しずつ食べる。窓を開けるのは寝っ転がるように椅子に座ったまま煙草を吸いたいから。
自分が大事にしているたくさんの思い出が、誰かの不幸や不断の努力によって成立していたものだと気付いた時、それに気付かなかった自分の浅ましさを情けないと思うとともに、それだけでたちまちに価値を下げてしまう思い出のもろさを情けなく感じる。
集団があり、それを構成するみなに役割があり、誰かがその責任を果たせなくなったら全体の活動を維持するために別の役割をあてがわれていた人が補わなくてはならない。責任を果たせなくなった人がそれを仕方ない、当たり前だと思うことは罪だと思う。足し算をしたなら別のどこかで引き算をしなければ収支が合わない。責任を果たせなくなった人が胡座をかいてそこに居座り続けた結果が今ならば、尻の下の座布団もろとも引きずり落とされて然るべきである。
大切な友人をこれからも大切と思うために、大切な友人の大切と思えない価値観にきちんとNOを突きつける勇気が必要だった。
「なお、私こと思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々を弟登と共に過ごしておりますれば」(『男はつらいよ』)
「わたくし、柴又におります日々は思い起こすだに恥ずかしきことの数々、今はただ、後悔と反省の日々を過ごしておりますれば」(『男はつらいよ 寅次郎夢枕』)
と、手紙にしたためた車寅次郎のように後悔と反省の日々を心に刻みこみたい。男はつらいよシリーズが長く続いた証左である寅次郎が繰り返す過ちを自分は今まさにここで絶ちシリーズを完結させたい。その時つらいのは男だけでなくみんななんだとエンドロールの最後に告げたい。