近所の喫茶店で本を読む。店の中には二人だけ。コーヒー一杯が終わりかけた頃に、店主が黙々となにか料理を作っている。いいにおいにつられて、この調理が終わったらえびピラフを頼んでみようと思う。閉店時間まであと30分くらいだから、まだ料理が頼めるかもあわせて聞いてみよう。食べれたらいいな。おそらく家族に持っていく晩御飯だろうか。
ワンプレートに盛られた料理を二皿、カウンターの外に運んでいき、店の外を経て二階の家族に渡しに行くんだろうと思う。届け終わって帰ってきたら注文をしようとせわしなく考えていると、店のドアが開き、それと同時に食器の割れる音がした。温厚な店主の舌打ちが聞こえたような気がして丸まった背中が伸びた。
席を立って「大丈夫ですか。なにか手伝えることはありますか。」と声を掛けると「大丈夫。落としちゃった。」とはにかむ。
席に戻っても本の続きを読むのはなんとなく気が引けて、今日はえびピラフは辞めとこうと思う。これを書いている間に、先程と同じ順序で調理する音が聞こえて作り直しているのがわかる。また同じいいにおいがする。
自分の落ち込みが、せっかく作った料理を落としてしまった店主への共感なのか、えびピラフを食べられなかったがっかりなのかわからない。