2024年2月24日土曜日

呼び方

誰かと子供の頃に出会った場合、最初は〇〇兄ちゃんと呼ばれるが、
そこから10年経つと兄ちゃんと呼ぶにはあまりにおじすぎるということがある。

そこから〇〇おじちゃんに変化してもいいのではと思うが、
そのうち呼ぶ側もおじ「ちゃん」と呼ぶのが恥ずかしくなる気がする。

このタイミングでおじ「さん」になってもいいのだが、
もともと「太郎兄ちゃん」と呼ばれていた人が「太郎おじさん」となったら、呼ぶ側も呼ばれる側も、もう元の関係ではいられないだろう。

太郎兄ちゃん
太郎おじさん
太郎おじいさん

昔、厳格だったという祖父が、どういうきっかけで孫の前では一人称に「じいちゃん」を使っているのか気になって仕方なかったが今ではわかる。

姪には「東京のおじさん」と思われている。
俺にも東京のおばさんがいたからわかる。

先日、お世話になった人の子供が大学受験のためしばらくうちに泊まっていて、初めて会ったときは小学校低学年だったので未だに〇〇兄ちゃんと呼ばれているが本人は少し照れくさそう、なところを見て上記のようなことを思いました。合格おめでとう。

2024年2月2日金曜日

20240202

関ヶ原 どんな場所かも知らないで 「がは」の部分に元気をもらう


長風呂に のぼせて仰ぐ 天井の 換気扇の先 2月の外気

2023年11月25日土曜日

SABOTEN

近所の喫茶店で本を読む。店の中には二人だけ。コーヒー一杯が終わりかけた頃に、店主が黙々となにか料理を作っている。いいにおいにつられて、この調理が終わったらえびピラフを頼んでみようと思う。閉店時間まであと30分くらいだから、まだ料理が頼めるかもあわせて聞いてみよう。食べれたらいいな。おそらく家族に持っていく晩御飯だろうか。

ワンプレートに盛られた料理を二皿、カウンターの外に運んでいき、店の外を経て二階の家族に渡しに行くんだろうと思う。届け終わって帰ってきたら注文をしようとせわしなく考えていると、店のドアが開き、それと同時に食器の割れる音がした。温厚な店主の舌打ちが聞こえたような気がして丸まった背中が伸びた。

席を立って「大丈夫ですか。なにか手伝えることはありますか。」と声を掛けると「大丈夫。落としちゃった。」とはにかむ。

席に戻っても本の続きを読むのはなんとなく気が引けて、今日はえびピラフは辞めとこうと思う。これを書いている間に、先程と同じ順序で調理する音が聞こえて作り直しているのがわかる。また同じいいにおいがする。

自分の落ち込みが、せっかく作った料理を落としてしまった店主への共感なのか、えびピラフを食べられなかったがっかりなのかわからない。

2023年11月1日水曜日

不調と人生

成田空港に着いたらお腹を壊した。

家に帰ると顔の左半分が痺れたような感じと頭痛が次第に強くなる。

一日なんとか我慢して寝たら少しよくなったが、ベッドから起き上がろうとしたら肩から背中にかけて激痛が走る。調べるとぎっくり背中というらしい。ほんの一ヶ月前はぎっくり腰をやった。

友達の結婚式の映像を見る。最近は全く知らない他人でもそうなるが、友達の人生の自分が知らない部分を見ると泣きそうになる。

痛む背中を擦りながら、20230305放送のRADIO SAKAMOTOでかかった坂本龍一選曲の幸宏追悼プレイリストを聴く。ベランダに出てタバコを吸いながら通りを歩く人達の人生を思いやる。

知らない誰かが今も生まれたり、誰かと一緒になったり、死んだりしている。

まだ死なないけど、死ぬなら今日みたいな天気の日がいい。ぎっくり背中ほども痛まないくらい安らかに死にたい。

2023年10月30日月曜日

食卓にて

深夜、誰もかもが眠ってしまった実家でくるりの窓を聴く。残りは全部飲み干していいよと兄が寝る前に言い残した麦焼酎をお湯で割る。高台に建つ家は窓を開けると外にいるのと変わらないほどに寒いから上着を羽織り、さっき差し出された今日までが消費期限の鳥刺しを少しずつ食べる。窓を開けるのは寝っ転がるように椅子に座ったまま煙草を吸いたいから。

自分が大事にしているたくさんの思い出が、誰かの不幸や不断の努力によって成立していたものだと気付いた時、それに気付かなかった自分の浅ましさを情けないと思うとともに、それだけでたちまちに価値を下げてしまう思い出のもろさを情けなく感じる。

集団があり、それを構成するみなに役割があり、誰かがその責任を果たせなくなったら全体の活動を維持するために別の役割をあてがわれていた人が補わなくてはならない。責任を果たせなくなった人がそれを仕方ない、当たり前だと思うことは罪だと思う。足し算をしたなら別のどこかで引き算をしなければ収支が合わない。責任を果たせなくなった人が胡座をかいてそこに居座り続けた結果が今ならば、尻の下の座布団もろとも引きずり落とされて然るべきである。

大切な友人をこれからも大切と思うために、大切な友人の大切と思えない価値観にきちんとNOを突きつける勇気が必要だった。

「なお、私こと思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々を弟登と共に過ごしておりますれば」(『男はつらいよ』)

「わたくし、柴又におります日々は思い起こすだに恥ずかしきことの数々、今はただ、後悔と反省の日々を過ごしておりますれば」(『男はつらいよ 寅次郎夢枕』)

と、手紙にしたためた車寅次郎のように後悔と反省の日々を心に刻みこみたい。男はつらいよシリーズが長く続いた証左である寅次郎が繰り返す過ちを自分は今まさにここで絶ちシリーズを完結させたい。その時つらいのは男だけでなくみんななんだとエンドロールの最後に告げたい。

2023年10月1日日曜日

「はやく起きた朝は…」最高

今のテレビ番組で一番「はやく起きた朝は…」が面白いかもしれない。


子供の頃は日曜の朝からおばさん3人がだらだら喋ってて退屈だなと思っていたのが、20年近く経って、ちょっと忘れてた心地よい雰囲気があることに気付いた。


話してる内容も、このお皿には何を盛りたいとか、新しい眼鏡が気に入ってるとか、コーヒーのフィルターを紙じゃなくて金属製にしたら全然違っておいしかったとか、ちょうどどうでもよくて面白い。


未だに視聴者からのお便りをハガキでしか受け付けていないのもいい。

ラジオでいいのにわざわざテレビでやってるのもいい。


わざわざ録画して頭がはっきりしてる時間に見たら全然面白くない気がするから日曜日はなるべく早起きして見たい。

電気も付けないで自然光だけで少し薄暗いくらいで、急須から熱いお茶淹れて飲みながら見たい。