2025年3月5日水曜日

寝れない

なんかこう、俺はもっとひとつひとつ丁寧にやっていかないといつかひどい後悔とか反省で押しつぶされてしまうんじゃないか。自分だけで済めばいいが取り返しがつかないくらい人を傷つけたり迷惑をかけたりするんじゃないか。こういう気持ちってさすがに20代で終わるんだと思ってた。野菜と運動が足りてないんだと思う。

2025年2月5日水曜日

12/10~16

あけましておめでとうございます。まだまだ去年の話をしています。

もう力が出ないので自分用に残していたメモを少し直して転記して終わりにします。

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12/10

昨晩飲みすぎたのか早く起きてしまった朝が気持ちいい

早朝カーテンを開けると窓はくっきりと島原城を切り取っている

チェックアウトが10:00とかなり遅かったので寝たり起きたり音楽を聴いたり


散歩

チェリー豆とクルスをおみやげに買う

アーケードを踏破する

池のある古民家でかんざらし

誰もいない

出てまた少し歩いてうどんをたべる うまい 少し味が濃い

ファミマに寄るとちょうどお昼どき 近所の会社員で東京以上に混んでいる あまりにも列が長い


島原城へ

2階?のキリシタン迫害の歴史がかなり見応えがあり、少し暗い気持ちになりながら、上の階へ

前に来たときは大学のサークルの卒業旅行?だったと思うが途中の階を全てスキップして最上階の展望場だけちょっと寄ったんだと思う

雄大だった

誰かにずっと電話しているおばあさんがいて、盗みぎきすると諫早から佐賀への行き方がわからず困っているようだった

話しかけて、ルートを検索して伝え、メモしてもらった

どこから来たんですか?雑談

大阪から来て明日は吉野ケ里の方をみて帰るんだと

結構なおばあさんで一人旅行たくましい、感心、だけどルートは調べときな、と思いつつもどんな事情があるかもしれません

別れを告げ私も駅へ

途中同じように島原駅に向かう中年夫婦がいたがまだ全然間に合うだろうに夫が妻を置いてせかせか歩くのを見て辟易する

別ルートを選んだ妻の方が先に着いていた


右手に海、左手に山、島原半島の海沿いはかなり不思議な感じがする たぶんここで育ったら大人になってどこに行っても強く島原を意識するだろう

多比良港からフェリーに乗り向こうの港に着く頃小林が迎えに来てくれる

小林の家まで車 少し話したあとえんくんたつきくんとドライブ、ラーメン食ったのち玉名の温泉へ

ヒートショックが怖くてぬるま湯にばかり浸かっていたら外気で完全に湯冷めしてしまった


12/11

こばやし、とだけカレンダーにある

たぶん便所ラーメン食った日

マルチエフェクターの説明書読みながらレクチャー

新しい概念が多くてむずかった

イオン

イオンは特に目を見張る者なし

ブックオフに福山くんが大量に売ったと言っていたので調査しに行くが坂本、砂原、クラフトワーク、くらいしか確認できず

さだまさし多すぎる

もう昔みたいに掘り出し物などない

店員も相場を確認してそれにあわせて店頭に出すだけだろう

大瀧詠一もYMOもリサイクルショップ100円でレコード買ったんだけど、それも今は昔


12/12

大学のゼミの友達と会うため熊本へ


熊本駅について1時間ほど余裕があったのでmychairbooksへ

くらはらさんと近況や考えを話しつつ、howlコンピ、マレー系作家の掌編を購入。以前の店舗よりスペースは縮小していたが選書が面白く、見入ってしまう

頻繁に通うならこのくらいのサイズのほうがゆっくり全部見れるし前回来たときとの差分がわかっていいなと思った

こういう場所がオンラインだけでなく物理的に存在し続けているということが種まきである

何も知らない人がふらっと入ってしまうことができること

自分にとっては大牟田ふじがそういう場所だったんだと思う


店選びや人集めはつるさんにまかせてしまい、そのうえキモ・オタクムーブで「つるさんが前にインスタにあげてたかきポン酢の店がいいです」と、横着

自分含め4人集まり、昔の話とか会ってない間なにがあったか、近況、など全然時間が足りず用を足しに席を立つのも惜しかったほど

終電間に合えばいいな〜くらいに思って、改札入って走ってみたが間に合わず、結局トボトボ出て家方面まで歩きつつ話した

途中コンビニでコーヒーを買い飲みながら少し話して別れて、しみじみいい日だったと噛みしめた


12/13

さてここからどうするか、と夜の街で思う選択肢はいくつかあったが何かイベントやっていないかナバロに行くも閉まってて、このままネカフェもなんか味気ない…とデイズへ

深夜の街があまりにも静かだった

あったかい場所でこんな日に聴きたい音楽がたくさん聴けてよかった 久々のオムライスもおいしかった

ストロークスのsomedayをリクエスト

No, I ain't wastin' no more time

ほんとにね


閉店時間も過ぎて帰るため歩く

どちらの駅から?とりあえず上熊本方面へと向かってみたが福岡方面の上り電車がなかなか来ないので熊本駅まで電車

新幹線乗り場に乗り換えホームまで行くと目の前で1本行ってしまった

1時間近く待ったのち、ようやく来た新幹線に乗り新玉名まで起きてたがふと気を失い起きると筑後船小屋で絶望

(注 熊本 新玉名 新大牟田 筑後船小屋)

下りの新幹線をまた1時間近く待ち、結局家に着くのが8:30ごろ

出勤する家族達とすれ違い

車の窓を滑らかに開けた兄が「朝帰りやん」

愛想笑いで「うん」としか返せなかったがこの返事の正解なんだったんだろうと今でも気にかかっている

風呂に入り寝たのが6:30


9時過ぎに起きて小林が家に来る


ここからあまり覚えてない


夜は話が積もり、飲みすぎた


12/14

9じにおきるはずが10時には家を出るはずが10じきしょう

兄も熊本方面で用事とのことで乗せてもらうはずだったので急いで起こす

なんだか兄の待ち合わせもなんだかんだ遅れそうとのことで間に合うっぽい 高速で熊本へ

空港線の途中グランメッセのあたりでおろしてもらう

果てしなくなにもない なにもないわけではないけどおれが何かをできる何かは何もない

戸島、東稜高校らへん、ダイレックスとかミスドのあのへん、日赤通り、県大、龍彩閣、バス、交通系ICが使えない、3月からVISAタッチ対応、水道町、上乃裏のセブン、タバコを吸ってる間楽しそうな外国人二人組、ナバロ、トライアル、トモヒロック、ヤードラ

たじまさんうっとんさんたかみちさん再会

パイセンの姿見かけるも声かけようとしたタイミングでいなくなってた

オノさんのドラムあがる tシャツかっこいい

ヤードラかっこいい


打ち上げあるらしいとだいすけさんから聞くが先に飲む約束したからそっちへ

たろう初めて行ったけどいい店だな!

あと屋台村できてたの知らず、いい通りだった

コイン入れて焼酎試飲できるあれ、散歩道にあったらやばいよな


誰かとあと少しだけ会って話したい、と思いつつも誰もいない

歩きすぎ

旧ナバロ最寄りファミマでタバコとコーヒー

新市街のパチンコ屋横の喫煙所で中国人ファミリーに話しかけられる 火を貸してくれ そしてライター欲しいがコンビニどこ?とのこと

タバコ吸いがてらつたない英語で話す

謝謝、に対してなぜか咄嗟に、シェイシェイニー、と返してしまった

(帰って奥さんに話すと、ブーシェ?ブーヨンシェ?、でよかったんじゃないと言われ勉強になりました)


帰らなくちゃと熊本駅方面のバスを探す

交通センターどこ?サクラマチ…?なにここは変わりすぎてわからない

マジでタクシー乗るか迷ったがなんとかバスに乗り熊本駅

終電までめっちゃ時間あるので駅ビルの飲み屋通りの喫煙所にずっといた

福山くんときどとこばやしと、このあと車で迎えに行くからちょっと話そうよ、とのこと


12/15

大牟田駅着

福山カーの後部座席に乗り込むと本麒麟ロング缶2本を持って元気そうな小林

1本もらう 部族の歓待か?という勢いで手渡される

途中コンビニや海辺、知らない駐車場などで話し込む

とても寒いのでいいちこ20度ワンカップを買う

ドライブと停車、話、は朝方まで続き、空が白み始めた頃に家に帰る

風呂に入って寝た


13時起床

小2の姪に起きるのが遅いと怒られる

クッキーを絶対に一緒に作ろう、そしておみやげに持っていけ、と言われる

約束はできないよ、宿題終わらせたらやってもいいよ、と伝える

父が最後の夜だからと晩飯の準備を始める

兄と晩の酒とつまみの買い出し

その帰り、祖母宅へみやげを持って会いに行く

祖母は今年のはじめに亡くなり、仏壇に手を合わせた

なんとなく仏壇の前に座るとまだそこにいるかどうかわかる

実家の仏壇はもういなくなってるんじゃないかなと思った


おじといとこと少し雑談

でもあまり喋らない二人だから特に盛り上がることなく…大牟田はこの辺が変わったね、でも変わらんもんもあるね(長谷川法世?)、菊陽の方はTSMCの半導体工場で特需だね、土地買っとけばよかったね、など他愛もない話

のち、マジで話すことがなくなり全員小さなテレビの画面を見つめるだけの機械になる

なぜかテレビでは1971年の紅白歌合戦をやっている。めちゃくちゃ豪華な出演者…


帰宅

1730頃飯ができたよと父 早くない?

普段より2時間も早いから、そんなに急かないで、はりきらないで


姪がクッキー作るという 宿題は?と聞くと、あとは日記だけ、日記にクッキー作ったって書く、と逃げられない状況になり18時前に開始

お菓子作りも算数と理科なんだよ、と伝える

グラニュー糖を35gだって、グラニュー糖は1本3g、ほら九九の3の段だよ!

でも3の段は27までしかないよ、と言われて、九九暗記できたけどまだ理解してないんだな、と思う

三の段の掛け算って、3のかたまりが何個あるかを考えるんだよ、と伝える

とにかく苦労して1時間弱で終わった

途中で飽きた姪はクッきーが焼き上る前に飽きて別の部屋へ行き、いくつかは焦げるだろうな、と思いながらも放置した

最後まで見とかないとだめなんだってわかってほしかった

他の子たちはわからないけど、集中力かなり弱い気がしていて、本当にインスタのリールとかユーチューブショートから距離を置かせたい

案の定少し焦げたけど満足したらしい


晩飯

鶏だしの鍋、刺身

こっちの刺身うますぎる

兄と買ってきた馬刺し、馬肉の味噌煮、マテ貝のバター焼き、うますぎる…

ほんとはクジラのさしみも買ってたんだけどお腹いっぱいでここまで到達できず

なんか色々話そうと思ったけど兄はすぐに寝てしまった


12/16

1人になった台所で早朝までつまみもなしにダラダラ飲んでしまった、滞在期間中にあったことを色々思い出したりして


小林が9時頃夜勤あけでくる

散歩して、マジで人生をよくしよう、という話

たまに会う日に昔の思い出話じゃなくてそれぞれ持ち寄った面白いみやげ話をしたいよね

小林帰る


兄と昼飯

みやまの柳屋食堂

ラーメンは普通だったけど焼飯がうますぎる!刻んだ紅生姜が入っててうまみがすごいなんだこれ

焼飯がこの方向性でうまいんだったら、ラーメンよりちゃんぽんだったかもな、と思う。でもまた今度


家に帰って1時間くらいミヤネ屋みてる謎の時間があって、駅まで送ってもらう

新幹線で帰る

大量の荷物あっても荷物スペースつきの席あればいいんだな 学んだ

ヤマトのサイズ定義が変わってギター送るの高くなっちゃったんだ

博多で乗り換える

新幹線から喫煙スペースがなくなってから初めて乗ったけど座ってれば着くのだし楽だ

本を読んだり音楽を聴いたりうとうとしていたら数時間すぐに経ってしまう

京都駅で乗ってきた外国人女性が隣に座って、シートの倒し方がわからないようだったので教えてあげた

オーストラリアから3週間の短期留学で立教にきていて、明日帰るから最後に京都観光したらしい


抹茶味の生八ツ橋をくれたので食べながら話した

お返しにたまたま島原で買ってた松風をあげた

表面のつぶつぶはなんですか?と聞かれ、原材料を見るとケシの実、ケシの実って英語でなんていうかわからなくて調べて伝えて、あっケシの実ってオーストラリアで食ってもいいやつなのかな、みたいな焦りが出たけど問題なさそうだった


つたない英語でなんとか喋ってたら、日本語の練習させてください、と言われて付き合った

「あなた は やさいです」と言われたあと「やさしい?kind?」と聞くとそうだ、それですと言われたが、自分で自分のことやさしいって言い直すの少し恥ずかしかった


お互いに慣れない言葉で話そうとしているので疲れてしまい、ちょっと休憩してお互いの時間を取っている時その人がめっちゃゲームしてて、なんのゲーム?switch?と見せてもらったら3dsでびびった

なんのソフトかわからなかったけど20年前のこのゲームのほうが自分より年上なんだ、みたいなことを言ってて、聞くとまだ19歳らしく、自分が19歳の時ってこんなにしっかりしてなかったよ、すごい、と思った

じゃあ3DSは sempai ですね、と伝えて、先輩、を覚えてもらった


オーストラリアの知識がコアラとハイエイタス・カイヨーテしかなかったので、ハイエイタス・カイヨーテ知ってる?と聞いたら知らない、メルボルンのバンドですごくかっこいいんですよ、と伝えたら聞いてみますとのこと


品川で降りるところを見送り、さて…と一人の顔に戻りつつ外を見たら窓の向こうで最後までめちゃくちゃ手を降ってくれていて少し涙が出そうになりました。気をつけて帰ってね


東京駅についてからは荷物も多かったのでそそくさと退散、タクシーで家に帰る

家帰って奥さんと猫見たら安心して、うざがられない程度にみやげ話をした

うどん作ってくれておいしかった

風呂に入ってすぐ寝た よく寝た

2025年1月5日日曜日

12/9

あけましておめでとうございます。
新年早々、去年の記録の続きです。
友人とか先輩とか書いているとわかりづらくなってきて、特定されない程度に人名や固有名詞を出すかどうかで迷っています。

12/9

正午頃に家を出て散歩。一日何の予定もないので思いっきり歩きまくろうと思う。
家に誰もいない状態でふと思い立って外出したので戸締り火の元ちゃんと確認したか思い出せず不安。

Leavesという友達がやってるカフェに昼飯を食べに行く。少し歩くけど、実家の徒歩圏内でおいしいランチを食べられる店をやっていてくれてありがたい。帰省中ラーメン食べすぎで胃が疲れたので欲してた。カレープレートを頼んで食べた。
2日前にふじで朝方まで話していたのでその感想戦みたいな会話になりつつもしらふで話したい話を少しした。「同じものが好きな人と会った時、高揚するか警戒するか」みたいな話題が面白かった。私は警戒します。
今日何するのと聞かれ、「これからもっと散歩して、最終的にフェリーに乗りたい」と話した。

店を出て、通っていた中学を横切り、通っていた高校の最寄り駅で電車に乗る。人生の途中までがコンパクトすぎる。
長洲駅で下車。さらに少し歩いてフェリーターミナルへ。この日は全ての乗り換えがあまりうまくいかず何度も待った。フェリーを待っている間に喫煙所からこれから海を渡って行く島の方に何本も光の柱が立っていて綺麗だった。
有明フェリーは500円で乗れて人が全然いなくて心地いい。しばらく客室内から眺めたのち甲板からも海を見て気分がよくなった。

フェリーの到着先である多比良港周辺には何もなかった。本当に何もなかった。
コンビニでコーヒーを買ってまったりしていたら運動部らしき高校生が何人も横切っていった。そういえばすぐ近くにサッカーで有名な国見高校があり、その生徒かもしれない。最近あんまり名前聞かないね、と思った。

すっかり日も暮れて港町的な暗さに沈鬱してきた。ただ散歩しにきただけだからこのままとんぼ返りでもいいのだが、街に対して暗いイメージのまま帰るのもなんだかよくないし、実家に長く滞在していてちょっと一人になりたくもなっていたので急遽宿を取ることにした。

港の近くには本当に何もないので島原方面まで移動する。
チェックインを済ませて部屋に入るとなんだかイヤ〜な気が漂っていたが、服を脱ぎ爆音でテレビを見ていたらずっと昔から自分の部屋だったかのように振る舞えた。仮にオバケかなんかがいたとして、むしろオバケの方がうんざりしてしまったんだろう。

外に出ようと思うが街の地図がまだ頭にできていない。最低限の調査を済ませて近所を散歩がてら探索。小さなサコッシュ一つしか持ってきておらず着替えもないため、コンビニで明日の下着だけでも買おうと思ったら結構高かったので断念。

まだギリギリ近所の温泉が開いていたので滑り込む。先日のヒートショックが怖くてまだ恐る恐る入浴している。かなり熱めのお湯だったため軽くめまいがした。早々にあがる。

風呂に入って気分はよくなったが外は寒すぎる。まったく人気のないアーケードをしばらく歩いてほうじゅうという店に入る。
後ろの座敷席で忘年会をやっていた。カウンター席には先客が一名いた。なぜかカウンターの後ろに小川が流れている。生け簀に魚が泳いでいる。
お通しの魚の煮付けがうますぎて今晩の幸せを確信する。何の魚ですか?と聞くと色々入っててよくわかんないと言われた。島原はかなり醤油が甘くて濃い。全ての料理がうまかった。満腹かつかなり酔ったが会計が安くてびびる。もっとたくさん食べたいので次は複数人で来たい。

宿に戻ると宿泊客用のランドリースペースを発見した。今日着ていた下着とシャツだけ洗濯した。明日も清潔な服が着られて嬉しい。
洗濯乾燥終わり、部屋に戻って支度して寝る。

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今日は一日分だけで終わります。

2024年12月29日日曜日

12/5~8

地元に帰省した。(2)
記憶があいまいになってきたので年内に書き終えてしまいたい。

12/5

昼前に友人が来て少し演奏の練習をする。
本当に少しだけ練習をした後、散歩に出かけた。途中で先輩も合流した。
二人はオカルトとマンガの話で盛り上がっていてついていけず、道が狭かったこともあり自分だけ少し後ろを歩いた。
会話にもキャパシティがあり、幅が狭い時は道を譲らなければいけない場面がある。

しばらく歩いて昼飯時、小腹が空いてきたので近所のラーメン屋に向かう。
先輩は昼に就職の面談を控えているらしくしきりに時間を気にしていた。
この店は自分が小学生の頃にうどん屋からラーメン屋に鞍替えした。鞍替え後に客が減ってしまったのが原因かどうかわからないが、朝に登校していると店主が上裸で寒風摩擦をしていた記憶が強く残っている。

ねぎラーメンを注文。ここではいつもねぎラーメンを食べる。
待っているとテレビから韓国で非常戒厳令が出たというニュース。外の景色に切り替える。入口は交通量の多い道路に面しているが、店内に入ると窓から田園風景が一望できる。
ここはとんこつだけど複雑なハーブの調合があるんだと思う。時々無性に食べたくなる時がある。

店を出て帰り道の途中で先輩と別れる。
家に帰りまた練習する。お互いに新曲を作って持ち寄りそれを披露する計画になっているが友人はまだ曲を作り終えていない。少し不穏な気配が漂い始める。
夕方に解散。

夜は家族で居酒屋に行き飯を食べた。二人いるうちの兄一人は体調不良のため欠席。
親も歳をとり、こういう機会は確実に減るだろうからなるべく大事にしたい。

12/6

今日も友人と演奏の練習。
当初の予定ではこの日は軽いリハーサルのみで終了するつもりが、友人の曲がまだ全然完成しておらず険悪になる。
あれこれ口出ししながら、空気が悪くなったら散歩して中和するなどして夕方に完成。散歩の途中でイノシシに遭遇。
最後に細かい確認をして解散。

夜、家の風呂に入っていたらヒートショックで死にかけた。
最初に背中に激しい痛みを感じて体がうまく動かせなくなる。次第に呼吸が整えられなくなり、ぐらぐらと視界が歪み、浴槽から出るため立ちあがるとさらに視界が悪くなり強烈な吐き気。
しばらく全裸のままタイルの床にしゃがみこんで症状が落ち着くのを待っていた。もうだめかもと思った。
実はこの家では過去に二度同じ経験をしているが過去一番つらかったと思う。そもそも家全体が寒いが、特に風呂はほぼ外気温と同じくらい寒く、親も心配だしなんとかして対策したい。
奇しくも同日、中山美穂がヒートショックで亡くなっていた。

12/7

大牟田ふじでライブ。昼過ぎに友人が車で迎えにきてくれ友人宅で下車。会場までは機材を持って徒歩で移動。
少し早めに会場入りしてリハーサルを済ませる。なんだかうまくいきそう。
この日の共演者はみな知っている人達だったので数年ぶりの再会が嬉しかった。
挨拶を済ませたのち、コンビニで温かいお茶とタバコ、ケンタッキーでツイスターを購入。

開場して客が入り始めると次第にソワソワしてきた。友人を見ると動きがぎこちなくなっていて自分よりも緊張していることがわかり、なおソワソワする。影響を避けるためなるべくその姿を視界に入れないように努める。
思い通りにいかなかったところもかなりあったがそこそこ良かったんじゃないかと思う。
会場のハッピーなムードにも助けられ大団円感ありつつ自分達の出番が終了した。
演奏を終えたばかりの友人は解放された反動か酒を注文しまくり人に振る舞っていた。
これ以降自分はPA卓で微調整と転換BGMを担当。演者を知っているのでゆかりの音楽をかけたりできて楽しかった。
会場最後方で演奏を聴いて心地よくなりつつも自分の未熟さと向き合ってしまう。「なんかやばいものができてしまったかも」と思える瞬間がいつか自分にもちゃんとくるのか?と思う。

12/8

日をまたぎ、打ち上げも終えてほぼみんな帰ってしまった後、同い年だけが数人残った。
高校生の頃に大牟田ふじで遊ぶようになり、同じイベントに出演するうち次第に仲良くなった人達。
バースペースで酒を飲みながら話す。今年聴いた音楽、SNSのレコメンドアルゴリズム、結婚や子育てなど生活の変化、健康について…など。話題はいつも大体変わらないが会っていない期間が長くなるとその時間を埋めるように話し続けてしまう。
マスターはいつの間にか寝てしまっていたので申し訳ないと思った。4時頃、一声かけて会場を後にする。
外は極寒だった。友人の車で帰宅。シャワーを浴びて6時頃に寝た。

9時か10時くらいに起きたと思う。
11時過ぎに先輩が車で迎えにきて兄と乗り込む。熊本に行く。ナバロでライブ観る予定。

途中、玉名の雲龍軒でラーメンを食べる。めちゃくちゃうまい!スープもすごいけど小麦がマジですごいと思う。甘い!
加齢とともに食が細くなっていたけどさすがにうますぎて久しぶりに替玉を注文した。

熊本着。上乃裏のパーキングに車を駐めて、イベントスタートまでまだ時間があったのでナバロ近くのデル・ムンドに入る。
俺と兄はブレンドコーヒー、先輩はケーキセットでドリンクにコーヒーをつけて注文。
単品のブレンドコーヒーはサイフォン式で丁寧に淹れられており美味かった。ケーキセットのコーヒーがまずくてひとしきり笑った。ここまでわかりやすく品質に差がつけられていると笑ってしまうんだという感動があった。
強調しておきますがブレンドはめちゃくちゃ美味しいです。

この日のイベントはデュビア80000ccの企画で、デュビア80000ccとSACOYANSのツーマンでフロアライブ。
ナバロに来るのが7年ぶり?とかだと思う。会場に入るとしばらく会っていなかった知り合いにたくさん会えて嬉しかった。
なぜか「整形したでしょ」と何度も言われた。

デュビアは9月に東京でもライブを観たがこの日の演奏の方が何倍もよかった。東京でやった時はなんとなくスマートな印象で良くも悪くもいい感じにおさまってたけどこの日はもっと暑苦しくドロッとしていてかっこよかった。
SACOYANSは新譜未聴のため新しい曲はまだあまりよくわからなかったが、やはり大名曲『のみものを買いに行こう』の「だいじょうぶ」を何度も繰り返すところで感極まってしまう。このブログで過去の日記にも同じことを書いていた。
全然大丈夫じゃないんですけど、と思いながら「だいじょうぶ」ってずっと自分に言い聞かせるように大事にしている曲なんですよ、みたいな話を兄にした。

会場を後にして並木坂から上通を歩く。途中の古着屋を覗いたり鶴屋に寄ったりしながら下通まで一通りなぞる。
熊本にいた学生の頃はマジで金がなかったため「どうせ俺はお呼びでないし」とひねくれて街が灰色だったけど、今は普通に自分の金があるんだと思うと気後れすることなく色々な店に入れて街が全部輝いて見える。
RPGで一定のレベル以上でないと入れないマップとかあるけどあれのイメージが一番近い。学生の頃はほぼ全てのマップが入れない状態で、他のエリアでレベル上げして戻ってきたみたいな気持ち。

金のない学生の時でさえ気兼ねなく入れたいくつかの店は未だに信頼していて「ねぎぼうず」はその一つだった。熊本でキャッシュオン方式の立ち飲みが珍しいこともあり面白がって昔はよく行った。
なんかちょっと店のムードが変わってた気がする。見てくれは変わってない。前はなんでもうまくて手当たり次第に頼んでた気がするけど、常連だけが知っているアタリ料理とハズレ料理があるっぽい。
ハズレすぎて逆にアタリなんじゃないかと思うような寿司を食べる。シャリがほんのり温かく、モチのような団子のような何とも例えようがない塊的な食感。「ねぎぼうずの寿司のシャリ」と言えば食べたことのある人は全く同じイメージを共有できると思う。昼のデル・ムンドでのセットコーヒーと同じ種類の笑いが発生した。
もちろんアタリ料理も食べたけど

兄と先輩は食べ足りないらしく吉野家に寄った。丼を頼む二人を脇目に、自分は「食べられないがまだ飲める」状態だったので牛皿とビールを頼んだ。豚皿だったかもしれない。

帰りの車内で兄が腹を下し、普段はあまり人に謝らないのに、めちゃくちゃ謝りながら停車を所望していたのが印象的だった。

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まだしばらく続きます

2024年12月22日日曜日

12/1~4

地元に帰省した。

12/1

昼過ぎの便で羽田から福岡へ。飛行機に乗る前に少しだけ時間があったので土産を見繕う。
窓際の席を取っていたが最近は真昼間に飛行機に乗ることがなかったので陽射しの激しさを忘れていて大変暑かった。
右隣のおじさんが外の景色を見たそうにしていたのでシェードを下ろせないまま、直射日光をガンガンに浴びながら本を読んだり音楽を聴いたりしてウトウトした。
おじさんの興味がクロスワードパズルに移ったところでシェードを下ろし寝た。

飛行機での帰省はいつも福岡空港から博多駅での新幹線乗り換えの接続がどれだけスムーズに行えるかにかかっている。
実家の最寄駅は乗降者数がかなり少なく、多くの便が通過する寂しい駅である。つまりこれに失敗すると1時間くらい博多駅で待ちぼうけを食らってしまうことになる。
今回は全てが完璧すぎるタイミングで、博多駅には10分もいなかったと思う。

実家の最寄り駅に先輩が車で迎えに来てくれた。
家に荷物を置いたのち道の駅まで数分のドライブ。何もない道の駅ではあるが自販機で買ったココア、タバコ、話、があれば楽しい。
少し地元の空気に馴染んできたところで家まで送ってもらい別れた。

家でのことはほとんど覚えていないが風呂が汚すぎてびっくりした。
滞在中に必ず風呂を掃除しようと決心する。

12/2

結構早めに起きたんだと思う。
夜勤明けの友人が車で家まで来てくれた。この友人とは5日後に音楽イベントに出ることになっている。
とりあえず少し音出しをしただか散歩しただか、まずは2人の空気を慣らす時間があった。
演奏はなんとかうまくいきそうな感じ。

昼飯を食べに車を出してくれた。
昨日駅に迎えに来てくれた先輩も一緒に食うとのことで現地で合流することに。

月曜日ということもあり閉まっている店が多く、唯一開いていた大牟田駅前の東洋軒へ。
うますぎる!前食べた時はこんなに美味くなかった。なんなら少し土っぽい味もしていたと思う。
おばさんが缶コーヒーを飲みながら接客している。
「あなた肌が白くてきれいね。化粧か何かしているの?」
「いいえ」
「でも何かつけてるでしょう?」
「ああ、風呂上がりに化粧水くらいは」
「やっぱりね」
こんなことだけで褒められてしまう。

夜勤明けの友人は疲労のピークだったので少し寝るために家に帰った。
合流した先輩の車に乗り換えニトリとヤマダ電機へ。
先輩は最近恋人の家に転がり込み半同棲生活を始めたらしく、家には掃除機がないため買い物に付き合って欲しいという。
先輩がたまたま無職なのでかなりの割合で家事をやっていて、もともと恋人が飼っていた犬の世話なども献身的に行っているがその結果今では先輩の方に犬がなついてしまい少し険悪になってしまったそう。

掃除機を購入するという目的を果たし、家の掃除と犬の散歩をするので帰るという先輩に「わざわざ家まで送らなくていいからゆめタウンで下ろして」と頼む。
大牟田のゆめタウンには大牟田のゆめタウンにしかないムードがある。それが消えていないか確認する必要がある。
ゆめタウンで思いっきり空気を吸い込む。少し館内を歩いて耳に入る安っぽい音楽で気持ちがほぐれるのを感じる。
愛すべき大牟田のゆめタウンのムードが消えていないことを確認できたところで、昨日風呂が汚すぎたことを思い出しダイソーで掃除用具を大量に購入。
帰省早々風呂が汚いなどと難癖をつけ大量に掃除用具を買い込む、我ながら嫌な息子だと思う。
ダイソーで少し調子づいたんだと思う。カルディで滞在中に飲むためのコーヒー豆と紅茶、ドラッグストアで滞在日数分のシャンプーなど、銘菓コーナーで小城羊羹を購入。

外に出るとまだ明るい。
寝るために家に帰った友人と夜にも少しだけ演奏の練習をする予定だがまだ時間がある。
新栄町のロジィタにコーヒーを飲みに行く。
店のおじいさんの足取りがかなり重くなっていて、提供時にはすかさず自分から取りに行ってしまうほど気を遣う。
次帰ってくる時も元気で店を開けていてくれる保証がないので、行きたい場所には行けるうちに行かないと、と思う。

友人から起きたとの連絡を受け、店を出て合流してからは実家で練習して解散した。
俺の交通手段が徒歩しかないため、いつも誰かに車を運転してもらい、ここでは文字通りお荷物となっている。

12/3

夜、昔からお世話になっている大先輩と飲む約束がある。以下Yさん。
高校生の頃に知らない音楽を教えてくれたり、熊本のライブによく連れて行ってくれたり、そのついでに街を案内してくれたり、そういう経験があったから進学先も熊本にしたのかもしれないと今になれば思う。

夕方に仕事から帰ってきた兄が市街地まで送ってくれる。
少し余裕があったので1時間ほどぶらぶら歩いたり、酔いすぎないように事前にすき家でミニサイズの丼を食べたり、持て余してコンビニの前の喫煙所でタバコを吸ったりする。
コンビニの前で吸うタバコ好きだったんだなと思う。大学生の頃、コンビニ夜勤してたからその休憩時間とかバイト終わりに吸ってた時間が強く印象づいてるのかもしれない。
そういえば東京にはコンビニの駐車場に喫煙所がない。そもそも駐車場がない。

魚半という店。先に入って待っていようと通された座敷は隣席に子連れギャルが3組いて既に賑々しい。
「先に入って待ってます」とメールを打っている途中でYさんが来る。
やっぱり大牟田はどこ行っても飯がうまいなと思う。刺身はもちろん、白子ポン酢なんか少し泣きそうになった。
近況とか最近聴いてる音楽の話、音楽機材の話、などなど…。ビールは進むが寒い日は体にこたえる。
Yさんがこの店に来るのはもう5年以上ぶりとのことだが、Yさんが5年以上前にキープしたボトルがまだ律儀に残してあったのでお相伴にあずかる。島美人だったと思う。

隣の子連れグループが退店。すれ違いざま、
「ほんとうるさくしてすみません。」
「いや全然、賑やかで楽しかったです。気にしないでください。」
マジで気にしないでほしい。ギャルって本当に礼儀正しい。
同世代だと自分みたいな奴は馬鹿にされてたし苦手だったけど、ギャルって学生を終えると一瞬で大人になってしまう。

閉店時間も過ぎ退店。このあたりで日をまたぐ。

12/4

大牟田ふじに寄ってコーヒーを一杯飲んで帰るつもりが結局話し込んでしまい、途中からまた酒を飲み始め気付いたら朝になっていた。
Yさんは翌日も仕事があったため1時頃に帰った。
一緒にいた別の客はもうほとんど何言ってるかわからないか、何言ってるかわかるけど同じことを何度もうわごとみたいに繰り返していた。
その場に残っていた3人でこうこうとうにモーニングカレーを食べに行こうとしたら閉まっていたので、taramuでトーストを食べて帰った。
夜勤明けの友人が車で迎えに来てくれ、昼過ぎに帰宅。風呂に入って寝た。

夕方か夜に起きたんだと思う。
小学生の姪の宿題に付き合ってまた寝た気がする。

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しばらく帰省記録が続きます。

2024年9月8日日曜日

透明マント、蘇りの石、ニワトコの杖

9/7
とにかく喉が痛く、頭もモヤモヤして横にならずにいられない。体温は38度台。
寝て起きて食べて、繰り返していたら夜中に寝れなくなってハリーポッターの映画を観た。炎のゴブレット、不死鳥の騎士団、謎のプリンス、死の秘宝PART1?こんなに観たっけ?
どんどん暗くなっていくけど面白い。
映画観ながら大量にお菓子を食べた気がする。

9/8
昼過ぎに起きて飯を少し食べた。まだ頭がボーっとしている。喉も痛い。体温は38度台。
死の秘宝PART2観て完結。その後、ハリー・ポッター20年後の同窓会?みたいなHBOの特集番組を観た。周回遅れのハリー・ポッター・ロスに苦しんでいる。早くまたみんなの冒険についていきたい。作品から得られた感動を糧に自分の人生を頑張るしかないのだが…。

今回2回目?3回目?どっちかもうわからんがコロナつらすぎる。
楽しみにしてた予定もフイになったし何しろずっと体調が悪い。

2024年9月6日金曜日

あえか

 またコロナに罹った。一日仕事を休んで、身体はぐったりしながらも心は随分リラックスしていた。夕方6時過ぎにベランダで夜になるところを見ていると、いつもはまだ少し残っている仕事を思って気分が下がるのに、今日はだいぶ気が楽だ。


ところで、何を言っているかわからない人は自分でも何を考えているかわかっていないらしい。そういう人が自分の考えていることを整理して理解するためには書くことが有効らしい。なので久しぶりにブログを書いている。別に考えはまとまらないかもしれない。


最後に残っているメモが2ヶ月以上前だ。


7/2

仕事終わり、一人で目黒シネマにカウリスマキ「パラダイスの夕暮れ」を観に行った。帰りに味噌ラーメンを食べた。普通だった。

街中にいると、くたびれたサラリーマンから若い女性まで、おそらく部屋干しの生乾き臭だらけで梅雨を感じる。


帰りの電車を降りるとき、銀杏の、君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命のTシャツ着たオタク男が避けもせずズカズカ乗り込んできて嫌だった。


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たしかこの頃くらいから転職活動を始めて疲れてたと思う。


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7/6

夕方、ネットで予約した床屋に初めて行く。

30代になり、少し大人っぽい風格を得たいと思い、これまで通った近所の美容室を卒業し、片道1時間かかるそこそこ有名な床屋(バーバー)に行ってみた。


全体的に町の床屋感はありつつも店内ではずっとハードコアがかかっている。タトゥー入ってない俺が変なんじゃないかと思うくらいみんな何かしら彫っている。


クラーク・ゲーブルの髪型を示してこれにしてください、と伝えたところ、「分け目も写真みたいにします?ちょっと前髪薄いから少し変えます?」みたいなことを言われ、やっぱりハゲてるな!と思った。

萎縮したとはいえ腕はよかったし、久々の床屋の顔剃りは気持ちよくてタランティーノの映画みたいで興奮した。


帰宅時に大雨に巻き込まれる。松屋で腹ごしらえと雨宿りをして、ずぶ濡れで帰宅。

深夜、DMMオンラインクリニックでAGA治療の診察を予約した。


8/1

結婚式で司会をしてくれた落語家の自主企画公演を観に行く。総じて話芸の凄さに感動したが、一部の出演者の演目を観てブラックユーモアの難しさについて考えた。


面白おかしくいじっているつもりでも、自分が理解できないものを不勉強なまま、理解できないからいじっているという姿勢は嫌でも伝わってくるしかなり不快だ。特にある属性の人たちを差別するような笑いなど。

周りの聴衆も笑っているから調子を合わせて笑っておく、というのはそれに加担するようで我慢できず、口をつぐんでその演目が終わるのを待っていた。横の席に座っていた奥さんを見ると同じような顔をしていたので信頼できる人だなと思った。


8/10

奥さんの誕生日であちこち駆け回り楽しかった。

こういう機会でもなければ行かないだろう店で贅沢な飯を食べるのが楽しい。昔は金もないし照れもあってできなかったことができるようになり成長を感じる。


8/30

今の職場に辞意を伝える。考えたら5年近くいたことになるが、入社後すぐにコロナが流行りリモートワークに移行して今も続いており、大半は家で過ごしたため全然そんな気がしなかった。


夜、数カ月ぶりに会う友達と巣鴨で待ち合わせる。

4ヶ月近く飲まなかった酒を解禁した。別に頻繁に飲酒していた頃と変わらず大した感慨もなかったが、最初は恐る恐る飲んだ。なんとなく、どうにかなってしまうんじゃないかと思ってしまった。

酒を飲む時くらいしか食べない料理というのが確実にある。久々の、塩分過多な焼鳥とビールのタッグとの再会を喜んだ。


8/31

日本武道館で小沢健二のLIFE再現ライブを観る。

高校〜大学にかけて聴きまくったのでその頃の記憶と結びつきすぎてるし、今でも好きなアルバムだけど、どうしても見たいとまでは思えなかった。が、奥さんが2枚チケットを取ってくれていてそれならば…とついていった。


その結果、帰ってきた今、過去一番オザケンにハマっている。

まだ聴いてなかった曲を聴いたり、持ってなかったアルバムを買い揃えたり、改めて詞を読み直したりして感動している。


「我ら、時」に収められたライブが本当に良すぎる。天才!


9/4

夜、dommuneで北野武の映画特集をやっていて観る。コトブキツカサ、水道橋博士、町山智浩が北野映画を1本ずつ選んで思い思いに語っている。水道橋博士が入れる茶々が時々うるさかったくらいで、総じてかなり面白い話をしていた。


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そしてコロナになり、暇を持て余し、ブログを書きました。

2024年6月3日月曜日

禁

約1年間辞めていたSNSを再開するためアカウントを作り直した。

退会時に取っておいたバックアップからせっせとフォローしていたアカウントをフォローし直すという作業の果てしなさを思い機械にやらせてみたところ、スパム対策でリクエスト制限があるらしく、せっせとフォローしなおしている。ところどころsleep入れてもだめだった。


手動でやっても1日のフォロー制限に達してしまった。

知らないうちにXとかいう名前になってるしなんでこんなことになってしまったんだ。


SNSを再開した一方で、しばらく飲酒をやめている。今27日目。

その瞬間は楽しくても細部を忘れてしまうし、最近飲むと体調悪いし、飲んだ翌日は意味もなく落ち込んでいる、など切実な悩みもあるが、10年くらい続けた習慣をいきなり絶ってみたらどうなるんだろうという単純な興味もある。

先達に学ぶため「飲まない生き方 ソバーキュリアス」、「しらふで生きる 大酒飲みの決断」を買ってみて読んでる。

パーティや飲み会に出てもライブを見に行っても飲まないでいるのは今のところ新鮮で楽しい。時間が経つにつれて緊張がほぐれたりよそよそしい感じがなくなるのは酒が回り始めたせいだと思い込んでいたが、しらふでも同じようなことが起きたのは意外だった。もう何も恐れることはない!

2024年5月15日水曜日

2024年3月22日金曜日

今年の目標

ストレスに強くなること

疲れないための体を作ること

michiさんに頑張ってますよと胸張って言えるくらい頑張ること

2024年3月13日水曜日

自分の人生は自分でなんとかするしかないが、これまで経験したことのない不安とだるさがずっと続いている。 

一度思いっきり休んだほうがいいのかもしれないし、自分もそうしたいけど、それを経てまたもとに戻れるかわからないのが不安で何もできない。

 しばらく怒られてもいないのに誰かに怒られるのを過剰に恐れているのが謎。あえてめちゃくちゃ怒られてどうでもよくなってみたほうがいいのかもしれない。

2024年2月24日土曜日

呼び方

誰かと子供の頃に出会った場合、最初は〇〇兄ちゃんと呼ばれるが、
そこから10年経つと兄ちゃんと呼ぶにはあまりにおじすぎるということがある。

そこから〇〇おじちゃんに変化してもいいのではと思うが、
そのうち呼ぶ側もおじ「ちゃん」と呼ぶのが恥ずかしくなる気がする。

このタイミングでおじ「さん」になってもいいのだが、
もともと「太郎兄ちゃん」と呼ばれていた人が「太郎おじさん」となったら、呼ぶ側も呼ばれる側も、もう元の関係ではいられないだろう。

太郎兄ちゃん
太郎おじさん
太郎おじいさん

昔、厳格だったという祖父が、どういうきっかけで孫の前では一人称に「じいちゃん」を使っているのか気になって仕方なかったが今ではわかる。

姪には「東京のおじさん」と思われている。
俺にも東京のおばさんがいたからわかる。

先日、お世話になった人の子供が大学受験のためしばらくうちに泊まっていて、初めて会ったときは小学校低学年だったので未だに〇〇兄ちゃんと呼ばれているが本人は少し照れくさそう、なところを見て上記のようなことを思いました。合格おめでとう。

2024年2月2日金曜日

20240202

関ヶ原 どんな場所かも知らないで 「がは」の部分に元気をもらう


長風呂に のぼせて仰ぐ 天井の 換気扇の先 2月の外気

2023年11月25日土曜日

SABOTEN

近所の喫茶店で本を読む。店の中には二人だけ。コーヒー一杯が終わりかけた頃に、店主が黙々となにか料理を作っている。いいにおいにつられて、この調理が終わったらえびピラフを頼んでみようと思う。閉店時間まであと30分くらいだから、まだ料理が頼めるかもあわせて聞いてみよう。食べれたらいいな。おそらく家族に持っていく晩御飯だろうか。

ワンプレートに盛られた料理を二皿、カウンターの外に運んでいき、店の外を経て二階の家族に渡しに行くんだろうと思う。届け終わって帰ってきたら注文をしようとせわしなく考えていると、店のドアが開き、それと同時に食器の割れる音がした。温厚な店主の舌打ちが聞こえたような気がして丸まった背中が伸びた。

席を立って「大丈夫ですか。なにか手伝えることはありますか。」と声を掛けると「大丈夫。落としちゃった。」とはにかむ。

席に戻っても本の続きを読むのはなんとなく気が引けて、今日はえびピラフは辞めとこうと思う。これを書いている間に、先程と同じ順序で調理する音が聞こえて作り直しているのがわかる。また同じいいにおいがする。

自分の落ち込みが、せっかく作った料理を落としてしまった店主への共感なのか、えびピラフを食べられなかったがっかりなのかわからない。

2023年11月1日水曜日

不調と人生

成田空港に着いたらお腹を壊した。

家に帰ると顔の左半分が痺れたような感じと頭痛が次第に強くなる。

一日なんとか我慢して寝たら少しよくなったが、ベッドから起き上がろうとしたら肩から背中にかけて激痛が走る。調べるとぎっくり背中というらしい。ほんの一ヶ月前はぎっくり腰をやった。

友達の結婚式の映像を見る。最近は全く知らない他人でもそうなるが、友達の人生の自分が知らない部分を見ると泣きそうになる。

痛む背中を擦りながら、20230305放送のRADIO SAKAMOTOでかかった坂本龍一選曲の幸宏追悼プレイリストを聴く。ベランダに出てタバコを吸いながら通りを歩く人達の人生を思いやる。

知らない誰かが今も生まれたり、誰かと一緒になったり、死んだりしている。

まだ死なないけど、死ぬなら今日みたいな天気の日がいい。ぎっくり背中ほども痛まないくらい安らかに死にたい。

2023年10月30日月曜日

食卓にて

深夜、誰もかもが眠ってしまった実家でくるりの窓を聴く。残りは全部飲み干していいよと兄が寝る前に言い残した麦焼酎をお湯で割る。高台に建つ家は窓を開けると外にいるのと変わらないほどに寒いから上着を羽織り、さっき差し出された今日までが消費期限の鳥刺しを少しずつ食べる。窓を開けるのは寝っ転がるように椅子に座ったまま煙草を吸いたいから。

自分が大事にしているたくさんの思い出が、誰かの不幸や不断の努力によって成立していたものだと気付いた時、それに気付かなかった自分の浅ましさを情けないと思うとともに、それだけでたちまちに価値を下げてしまう思い出のもろさを情けなく感じる。

集団があり、それを構成するみなに役割があり、誰かがその責任を果たせなくなったら全体の活動を維持するために別の役割をあてがわれていた人が補わなくてはならない。責任を果たせなくなった人がそれを仕方ない、当たり前だと思うことは罪だと思う。足し算をしたなら別のどこかで引き算をしなければ収支が合わない。責任を果たせなくなった人が胡座をかいてそこに居座り続けた結果が今ならば、尻の下の座布団もろとも引きずり落とされて然るべきである。

大切な友人をこれからも大切と思うために、大切な友人の大切と思えない価値観にきちんとNOを突きつける勇気が必要だった。

「なお、私こと思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々を弟登と共に過ごしておりますれば」(『男はつらいよ』)

「わたくし、柴又におります日々は思い起こすだに恥ずかしきことの数々、今はただ、後悔と反省の日々を過ごしておりますれば」(『男はつらいよ 寅次郎夢枕』)

と、手紙にしたためた車寅次郎のように後悔と反省の日々を心に刻みこみたい。男はつらいよシリーズが長く続いた証左である寅次郎が繰り返す過ちを自分は今まさにここで絶ちシリーズを完結させたい。その時つらいのは男だけでなくみんななんだとエンドロールの最後に告げたい。

2023年10月1日日曜日

「はやく起きた朝は…」最高

今のテレビ番組で一番「はやく起きた朝は…」が面白いかもしれない。


子供の頃は日曜の朝からおばさん3人がだらだら喋ってて退屈だなと思っていたのが、20年近く経って、ちょっと忘れてた心地よい雰囲気があることに気付いた。


話してる内容も、このお皿には何を盛りたいとか、新しい眼鏡が気に入ってるとか、コーヒーのフィルターを紙じゃなくて金属製にしたら全然違っておいしかったとか、ちょうどどうでもよくて面白い。


未だに視聴者からのお便りをハガキでしか受け付けていないのもいい。

ラジオでいいのにわざわざテレビでやってるのもいい。


わざわざ録画して頭がはっきりしてる時間に見たら全然面白くない気がするから日曜日はなるべく早起きして見たい。

電気も付けないで自然光だけで少し薄暗いくらいで、急須から熱いお茶淹れて飲みながら見たい。

2023年9月22日金曜日

かつて西鉄電車で流れていた音

西鉄電車で10年以上前に流れていた音が今はもう流れない。

思い入れが強かったのでそれをループさせてチープな曲を作ってみたこともある。

昨日、有楽町の角川シネマで映画を観たら上映前の注意事項アナウンス時にまったく同じ音が使われていた。

長崎の市電でも流れていた?ようだし、意外とフリー素材なのかもしれない。ハードオフの店内BGMみたいな感じで。

2023年7月29日土曜日