2019年4月25日木曜日

久しぶりに人前で演奏をしました

去る4/22、憧れの地七針で久しぶりの演奏をやりました。なんだかんだ東京に来て二年近く経つのに初めてライブした。たまに一緒に酒を飲むことがあるくらいで、なんにもない無名の若者を気前よく誘ってくれたmmmさんには感謝しきりであります。

それから、客席に尊敬する人がいてとても緊張した・・・緊張に食われてやっているときのことは全く覚えていないがきっとあんまりよくなかった気がする。

家でだらだら録音ばっかりしていても演奏というのはなかなか上達しないなと思う。演奏というか人に見られている状態に慣れないといけないなと思いました。
人前で演奏することをやったりやらなかったりを続けて数年経ちましたが、終わった後に心の底からくやしい、もっと頑張ろうと思ったのは初めてのことで、なんかすごい時間だったなあと反芻しています。

追記:
もう10年も前には気付いていたはずなんだけど没頭しなければいけない

2019年3月10日日曜日

3/4~3/10

3/4
人間ってマジでこんなに寝れんの?というくらい一日中寝た。疲労は恐ろしい。

3/5
よく寝た。明日は絶対仕事に行くと決意して就寝。

3/6
起きて仕事行く支度したはいいが排尿時に過去経験のない激しい痛みを覚え悶絶。仕事には行った。定時で帰る。疲れてた。

3/7
昨日、疲れてたことで結構へこむ浪費、つまり久々に勢いでパチンコをしてしまい突っ込んだ一万円が水泡に帰した。
そのため今日から節制するぞ、ひいてはつくりおきの鬼になるぞと決意して定時上がり。
まではよかったものの、いつも行く年中無休のスーパーが珍しく閉まっており食材が買えず近所の蕎麦屋。贖罪はそんな簡単にはさせてもらえないンゴね。
かなり高齢の老夫婦と狭すぎる店内に気持ちがはやりつつ、小カレーともりそばセットを注文。カレー、ものすごいゼラチン感のレトルトだった。蕎麦はうまかった。帰宅。

3/8
仕事に行きしな電車で高田渡のバーボンストリートブルースを読む。ちょうど蕎麦屋のカレーについて書かれている部分があり、蕎麦屋のカレーはそもそも黄色いことを知った。昨日の蕎麦屋のカレーはレトルト感ではなく、トラディショナルにそうであったらしい。
夜飲酒。久々に家でかなり飲んだ。
酒は好きだけど酒を飲んだ自分は嫌いだ。

3/9
土曜の午前中はラジオと家事で終わってしまう。
昼、長い間どうにも手をつけられなかった曲を少し進められてワオ〜と思った。
夜、友達と長電話して映画観て寝た。

3/10
ツイッターでたまに流行るうまくて簡単な飯のレシピみたいなのすぐ試してしまう。南米のオクラアンドトマトという料理を作った。温暖な地域の料理は大体好きだ。

2019年3月4日月曜日

2/25~3/3

2/25
仕事帰りによく通っていた中華料理屋へ数ヶ月ぶりに行く。安いけどうまくはない。周りが騒がしいだけに寂しくなるしまたしばらく来ないと思う。

2/26
残業。松屋食って帰った。
最近松屋食って帰るの好きだ。いつも惰性でネギたっぷり旨辛ネギたま牛めしを食ってしまうが、おろしのポン酢のあれとかを気分転換に注文したりしてみたい。
10年前くらいのテレビ番組で有吉の密着をやっていて、行きつけの店として松屋を紹介していた。「俺は飯で冒険したりしない。いつも同じのを食べる。」みたいなことを言っていた。おれもそう。

2/27
定時で帰る。同じオフィスから退勤した人の背を追う形で駅に滑り込む。
最寄りで降りて居酒屋。仕事ができる店員のテキパキした注文取りに負けず、自分のペースを保てるようにしたい。瓶ビールと芋のお湯割り。

2/28
帰って月刊六月(という名前の刊行物をネットプリントで作っている)を出す準備。毎月直前にバタバタしてとりあえず出す感じになっているのを改善したい。毎月とかいうて何だかんだ二ヶ月サボってたらしい。
やる気の持続はかなり厳しいが、これは何かしらの創作を続けて欲しいと思っていた人にお願いする形で始め、続けている取り組みなので流れを絶たないようにしたい。

3/1
鹿児島から来ていたsayonarablueの二見と新宿で会う。韓国の独立記念日らしく、待ち合わせに指定した東口は独立記念の街頭演説と右翼のブーイング、路上アーティストの歌う可もなく不可もないハナミズキでかなりよくない様子になっており、ごめんねと思った。
思い出横丁、歌舞伎町の博多ラーメン屋、バッティングセンター、花園神社。
彼は絵に描いたような有望な若手という感じなので頑張って成功しいつか飯を奢ってほしい。

3/2
予定があり早く起きる。
起き抜けにヤバい寝坊!と焦って時間を見たらアラームの設定時間の1分前だった。この現象は昔から稀にあり、恐らく偶然ではなくシックスセンス的なものを感じる。あまりそういうのは信じないたちなのですが。

昼に渋谷で映画観る。近くのラーメン屋でビール。映画について話す。
早稲田でコーヒー飲む。戸山公園で時間を潰し、日が沈みかけた頃に歩いて神楽坂。メンバーが一人増え、絵の個展を見に行く。描いた本人と直接話して、話聞くだけでなくちゃんと会話できたのがよかった。
終わって近くの居酒屋で飲んだ。音楽の話、色気の話あたりは覚えている。

3/3
二件の撮影アシスタント、車で神奈川方面へ。鎌倉は本当に好きなのでまた行けて嬉しかった。
終わって東京に戻って焼肉と担々麺とざっくばらんな話。音楽の作用が色々ある。ひねくれて雑に扱わないようにしたい。
電車、一駅寝過ごして雨の中線路沿いをしばらく歩いてから、自分の家と逆方向に向かっていることに気づく。来た道を引き返し、諦めてタクシー。

2019年2月24日日曜日

2/19~2/24

2/19
体調が悪く仕事を休む。昨日の帰り道、貧血で命からがら帰宅という塩梅であったためさもありなん。
一日ゴロゴロと過ごす。夜に体温計と風邪薬、その他食料を買いに行く。
食事を摂るとやはりぐったりしてしまい風邪薬を飲む。体温計は平熱の表示。

2/20
体調不良で二日目の欠勤。
体調も幾分か持ち直しゴロゴロ過ごす。頑張れば出勤できたかもしれないが今週はかなり頭使う感じのハードなタスクあり、健康診断あり、資格試験ありなので大事をとって休む。
夕方、かなり早めの食事を摂ったのち便意。生まれて初めて膿栓のにおいの排泄物を出してしまい落ち込む。体調は崩さないようにしたい。ヘルペスが再発した。

2/21
午前健康診断を受ける。去年に比べて視力が半分ほどに落ちていてとても悲しかった。視えていたものが視えなくなるということだから。

仕事。早く切り上げたかったけど今週休んでばかりだしここまではやっておきたいという仕事を片付けようと残業していたら各方面から早く帰りなさいと促され、謝謝・・・。

2/22
ある程度仕事片付けて午後休とっていたので早退。
東銀座で降りる。適当に時間を潰したのち歌舞伎座にくっついてるビルでAWSの認定資格試験受験。受かった。よかった。
「SSWA(Singer Song Writing Animal)になろうとしていたら、ミスって逆さ読みしてAWSS(Amazon Web Services Solution architect (associate))になってしまいました」みたいなしょうもないことを考える。

2/23
土曜日なのでまた相変わらず朝からゴンチチのラジオを聴く。「船乗りとタコの友情」というゴンチチの曲が流れたのですが、実際にその情景を見たわけでもなく想像力だけでこんなタイトルが浮かんだとしたら意味が分からなすぎる。

2/24
天気がよかった。昨日もだけど。
タバコを切らして昼過ぎにコンビニに行ったらなんか陽気にあてられて散歩する気分になってしまった。靴下も履かず裸足のままスニーカーに足をつっかけてきたので長時間歩くのは少し気持ち悪かった。
近所だけど今まで歩いたことない道を歩いたら気付かなかったことにたくさん気付いた。通りがかったけど昼ゆえに準備中だった大衆居酒屋に今度行こうと思う。

近所のレンタルショップでDVDを借りる。最近ネットで映画見てばっかりで久しぶりだった。手に取るまでの行動と作品が結びつくと記憶が強固になる気がする。品揃えがいい近所のレンタル屋を見つけたいと思う。今日行ったゲオはしょぼかった。

2019年2月16日土曜日

日記ではなく雑感

インスタグラムを見ていた

何かを貶して自分達の行動を正当化するみたいなこと絶対したくない それをやった時点で正しくないですよ やってる音楽を勝ち負けで考えるのもずっと嫌だった 自分たちは苦境に立ちながらやり続けているという矜恃、あいつらは所詮辞めていった人間と思う気持ちはわかるけど他人の置かれた環境や気持ちに寄り添うことを辞めた人間の言葉や音楽なんかちっとも興味ない

2019年2月12日火曜日

20190212

* 20190204

* 20190205

* 20190206

* 20190207

* 20190208

* 20190209

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* 20190212

つかれた

2019年2月3日日曜日

20190203

sns = (任意のSNSサービス) #を代入してください。

今更ではあるが#{sns}はどうやら向いてなさそうである。

というのも何かしらpublishすれば多かれ少なかれ反応があり、その反応の内容を確認したくて張り付いてしまう癖があったからで、どうにもこれは#{sns}を始めた中学生の頃くらいにはあまり観測されなかったものの、現実のつながりとネット上のつながりが次第に融けあい乖離が少なくなった結果、知人であるがゆえに内容だけでなくその背景まで考えてlikeしているきらいがあるのではというのがうっすら気持ち悪くなってから、あるいはプッシュ通知によってインスタントに確認できるようになって以前より気にかかるようになってきたという感があるためである。

かといって承認欲求が人の形をして歩いているといっても過言ではない私のことですから、何も発信しないというのも難しい話である。またすぐに反応が確認できてしまうのも意志の弱い自分にとって精神衛生上好ましくない。
となるとコメント欄はあるけれどもコメントするには少々心理的障壁を感じられる(が、手段は提供できているので必ずしも一方通行にはならないであろう)ブログが最も有力な選択肢となるのではないか。(これは酔った上での考察であるため翌朝にはまったく説得力を失っていると思われる。)

とはいえやっていくぞ!今週末からです。

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* 20190202
何しろ土曜日は午前九時からゴンチチのラジオが放送されるため早起きを迫られる(radikoのタイムフリーも使えないため毎週リアルタイムで楽しみに聞いています)。
この日も多分に漏れず放送一時間前には起床し、ゴンチチの前にやっているピーター・バラカンのウィークエンドサンシャインから聞き始めた。

ピーター・バラカンといえば、去年撮影アシスタントとして入ったライブ会場で関係者席の前あたりについて開演を待っていたら、真後ろから妙に土曜の朝めいた声が聞こえてきてその人こそがピーター・バラカンであったという面白い経験があった。超満員でどこにも座れない会場の中、ゆったりと座れる関係者席を指さして、関係者の関係者なので座る権利があると主張する客に対して、「ここは関係者席なので…うーん、僕には判断しかねます。」と流暢な日本語で返しているのが妙におかしくてやけに緊張がほぐれた気がする。

ゴンチチのラジオ、今週は「冬の楽しみの音楽」特集。相変わらずいい感じのテーマ設定に外さない選曲と軽妙なトークで心地が良い。思わず部屋の掃除、洗濯、食器洗いを済ませたあげく浴槽にお湯を張り、浸かりながら聞き入る贅沢な時間を過ごす。

気持ちよすぎる午前を終えてナイツのラジオを聞いていると、やろうとおもっていた勉強もやらずにぼんやりしているうちに夜。カレーを作って食べて寝る。

* 20190203
ところで最近東京では雨が降らない。乾燥注意報も出ているし、エアコンをつけたまま朝起きると声が出せないことも少なくない。この日もすっかり雲ひとつない晴天で、どうしても今日こそは外に出ようと一念発起し久しぶりに会社に行く以外の外出を試みたのである。

準備を済ませて駅に向かい、電車に乗ること30分足らずで秋葉原へ。書泉ブックタワーで技術書を買う。
書泉ブックタワーは秋葉原という立地からか各フロアに各ジャンルのオタクがいて見に行くだけでもかなり面白い。駅からも目の前だし観光としてもあんまり時間かけずに東京らしい風景を見れるのでいいと思う。

目的は果たしたもののせっかく外に出れたのだしそのまま帰るのもなんだか勿体無いのでブックオフへ。ここがかなりよくて、ブックオフなら新宿やろなどと適当なことを抜かしていたのも忘れて東京ベストブックオフとなりました。やはりオタクの集まる街の中古は信頼できる。
アマゾンで数年前からほしいものリストに眠り続けていた本を何冊も見つけてしまいかなりの冊数買ってしまったが、今年に入ってからは酒量を減らして学びのフェーズへとゆるやかに移行できているためすぐに読んでしまいそう。

帰りの電車、担々麺食っておとなしく帰るか行きつけの明石焼き屋で酒飲むか散々葛藤したものの結局酒。ただこの店は店主の老夫婦がやけに優しくしてくれるからか親戚の家でごちそうになって帰る感が非常に強く、常に満たされた気持ちで帰れるため今までのような反省もない。

ドラッグストアで健康になれそうなものを買って帰宅。彼女から電話。姪が四歳の誕生日。おめでたい。近くで祝ってあげたいなと思った。



あと全く関係ないんだけど、文学部でラテンアメリカ文学やりたかった欲がいきなりドバドバ出てきてまずい。

2019年1月24日木曜日

タカダ・コーポレーション

植田くんが東京を離れてシンガポールに行ってしまった。
出国直前には粟国と一緒に三人でとりとめもない話で夜を明かすなどできたが何しろ時間が足りない。
近くにいる間は会う理由もあまり思いつかないので誘ったりできなくて、話したいことは突然思いついたりしないけれど、離れてしまうといろんな話をしたかったなと思う。

年末年始に地元に帰った。
主に福岡県は大牟田市〜熊本県は熊本市のそれぞれどこかにずっといたような気がする。
毎年年末年始の感覚というのは少しずつ薄れていく。
年が終わること、年が明けること、まったく感慨もないまま新しい年を迎えた。
大学時代仲良かった先輩夫婦には子供ができていた。近く生まれるらしい。
しばらく東京に住んでいると周りにいる人達はほとんど誰も結婚していないし、子供など持っていて遊ぶ人とはあまり会わない。
熊本に一人暮らす先輩は東京であれば当たり前に10~15万は家賃/月かかるであろう物件に5万で住んでいた。車も持っていた。根が暗い人ではあったがそれなりにストレスなく過ごせているようだ。
東京の暮らしは刺激的だけれど、薄給のまましょうもないアパートに6万弱、奨学金を払いながら暮らすことは幸せなんだろうか。夢のある人にはそれでもしがみつくだけの何かがあるように思う。
おれにはなにもない。”Me, no what."です。

最近は好きなことがなんだったのかもわからないまま、とりあえず仕事でかろうじて興味のある技術の勉強を続けていたらなんとなく楽しくなってきて、こういうので自分はなんとか成り立たせることができるんだなと思う。
今年もよろしくお願いします。