2020年6月5日金曜日

何かを得ることは何かを失うこと

最近は少し暑い。暑いなと思うかどうかは大体27度で線を引いている気がする。

アメリカが大変だとみんなが言っている。声を上げている人を見ていると、考えている間にも何か言わなくては焦ってしまう。そんな焦りはよくないことで、なるべくちゃんと考えて自分の気持ちをしっかり言いたいけれど難しい。
堂々巡りの間にもむごい映像は勝手に目に入り嫌な気分だけが残る。

差別なんかなければいいと思ってはいても事情は複雑で問題の本質はわからない。
自分の地元では同和問題の啓発教育がたびたび行われていたが、それについて自分には実感が湧かなかった時のような感覚がアメリカで暮らす差別対象ではない人々にもあったりするのだろうか。

夢想がちなので理想と現実のギャップがぐるぐると頭の中をめぐり気が滅入るばかりで逃げたくなる。割とずっと子どもの頃からWarのWhy can't we be friendsで繰り返し問いかけられる言葉でいっぱいいっぱいだ。


人種の区別を初めて意識したのはおそらく小学生の頃に読書感想文の課題図書として読んだ「彼の手は語りつぐ」という絵本だと思う。南北戦争下の二人の少年兵の実話で、その最後に読者へと語りかける箇所があって呪いのように残っている。

実家は箱根駅伝を見ていると祖父母が黒人留学生を指差して「黒んぼ!」と罵るような場所であった。嫌いじゃない人から嫌いな言葉を聞くのは嫌だったことを思い出した。

・5/29
本当に平日は一週間も前だと何があったのか思い出せない。仕事してただろう。

・5/30
散歩しながらふと思い立ち、徒歩圏内で会える人に会った。新型コロナの流行後、初めてのことなので嬉しかった。スーパーで買い出しをして、うちに寄ってもらって、酒飲みながら好きな音楽聴いたりドラマ見たり話したりしてたら朝になっていた。
早朝にもう寝ようかとしたとき、仮眠しないで頑なに帰るとのことで見送った。人に迷惑をかけたくないという気持ちは結構難しい。

・5/31
昼過ぎまで寝ていたと思う。前日、久しぶりの親しい人に会いたいと思ったのもやっぱり長い自粛で溜まっていた疲れからかと思う。

起きてから数時間はだらだらとご飯作ったり食べたりテレビ見たりして過ごして、シャワーを浴びて新大久保の楽器屋に行った。

ネットで見つけて気になっていたGiffin GuitarsのViktaというギターを試奏したが全然好きな音ではなかったので落ち込んだ。ネットで見る画像ではあんなにかっこよく見えたのに音が好きじゃなかったせいか見た目まで憎たらしく思った。

店内でたまたま見かけて気になったジャズマスターを試奏したらいつの間にか購入意思を店員に伝えていて驚いた。支払い方法の話とかしながらどこか他人事みたいな感じだったけど嬉しくてそわそわした。
向かうときには手ぶらだったのに帰りには背中にギターを背負ってるのが面白くて浮ついた。背中にくっついてるそれに心の中で語りかけながら帰るほどであった。

・6/1
もう6月。早いですね。
上半期はスタートから喜んだり悲しんだりバタバタしたかと思えば、ほとんど家から出ない生活になったりして不思議だったな。とか思うことなく普通に仕事した。
昨日買ったギターが愛おしく感じられ、昼休憩の1時間に触るのが嬉しかった。

・6/2
記憶ない

・6/3
たぶん10万の給付金の申請したかもしれないくらいのことしか思い出せない。

・6/4
名古屋のぐっさんさんがセブンイレブンのネットプリントで発行した日記を印刷しにいって読んだ。空気の感じが軽くて、なんとなく地元を思い出すような感じでうっとりした。


日中ふと思い出したりするので別に記憶ないわけではないが書いてる最中にはすっかり抜け落ちていて悔しい。日記の意味ないしメモでも取ろうかな。

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